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FPの家が生まれた理由

FPの家とは

「FPの家」は、札幌で生まれました。
松本建工(まつもとけんこう)という会社が、最初にFP工法を考え、全国へ広めていったのです。今回は、そのFP工法(FPの家)が生まれた理由をご案内します。

これより下のご案内は、「FPの家 住まい方ハンドブック」パンフレットより、抜粋した文章です。

Frame & Panel物語

1970年代、二度の石油危機に見舞われた日本の住宅業界では、住宅の省エネルギー化が大きな課題となりました。
北海道札幌市に創業したばかりの松本建工(FP工法を考案した会社)もまた、こうした省エネ住宅の実現を真剣に考える建設会社の一つでした。
ただ……、松本建工の歩んだ道は他の会社とは違う常識外れなものだったのです。

硬質ウレタンの自社生産


松本建工が断熱材として白羽の矢を立てたのは硬質ウレタンです。断熱性能に優れ冷蔵庫の断熱材としてすでに使用されていましたが、これを住宅に使おうと考える業者などいませんでした。というのも、単価が高い上に住宅に使用する量は冷蔵庫の比ではないからです。

いくら良い家でも高ければ売れません。売れなければ商売にはならないのです。使おうなんて考えなかったのは当然でした。
しかし、松本建工は、この硬質ウレタンの優れた断熱性にこだわったのです。

問題はコストです。そこでこう考えました。硬質ウレタンの完成品を買うから高いのであって、原料を買ってきて自分の会社で作れば安くできるだろう、と。
こういってしまえば簡単なことのようですが、これはとんでもない発想でした。硬質ウレタンを製造しているのは石油化学系の大会社であり、日本のトップ企業が名前を連ねています。というのも、石油化学工業には大規模な施設と莫大な資金を必要とするため、そうそう簡単に誰もが手を出せる事業ではないからです。

実際、普通の建設会社は自前で断熱材など生産できません。他の会社が作った断熱材を使っています。
今でもそうなのに、松本建工は30年近くも前に硬質ウレタンの自社生産に踏み切りました。まさに、前代未聞の挑戦だったといって良いでしょう。


FPの家の誕生


それから数年後、第1号のFPの家が産声を上げたのは1985年のことです。その特徴はFとPの2つのアルファベットによって表されています。
FはFrame(軸)、PはPanel(パネル)の略であり、木造軸組と断熱パネルによって建てられる家という意味がこめられています。
もちろん、そこに使用されている断熱材が硬質ウレタンであることはいうまでもありません。FPの家の誕生です。

省エネルギー基準の判定


FPの家の誕生に先立つこと5年前の1980年、政府は省エネ法に基づく住宅の省エネルギー措置の基準を初めて制定しました。これが世にいう「旧省エネ基準」であり、全ての新築住宅に省エネ対策をはじめて義務付けた画期的なものでした。
その主な内容は、外壁にはグラスウール30ミリ厚相当、天井にはグラスウール40ミリ厚相当の断熱材を施工せよということです。

今日に至るまで、省エネ基準は2度の改訂を経ています。1992年に改訂された省エネ基準は「新基準」、1999年に改訂されたものは「次世代基準」と呼ばれており、より高い住宅性能を求めるようになってきました。現行の省エネ基準が「次世代基準」になります。

ただし、「新基準」や「次世代基準」はいまだに義務化されていません。
あくまでも達成することが望ましい努力目標に過ぎず、全ての新築住宅が守らなければならない省エネ基準は「旧省エネ基準」のまま現在に至っています。厳しい省エネ基準の義務化に対して、よほど強い抵抗があるのでしょう。


それに対しFPの家は外壁でグラスウール210ミリ厚相当天井ではグラスウール230ミリ厚相当(現在は350ミリ厚相当)の断熱材を施工しています。

国が義務付けたばかりの省エネ基準と比較して、ゆうに5倍を超える性能を持っていたことになります。

これは現在でも日本のトップクラスの性能です。


そのような高性能住宅が、今から20年以上も前に世に送り出されたのです。
それも国や大企業のプロジェクトではありません。
北海道の一建設会社が自力で開発してしまったわけです。
これは驚くべきことでした。




目指したのは北欧の家


高性能すぎるとまでいわれたFPの家。どうしてそこまで性能にこだわったのでしょう?実は、松本建工が基準としたのは日本の「省エネ基準」ではありません。北欧の家をお手本としたのです。

日本と同じ石油輸入国である北欧諸国では、早くから国をあげて住宅の省エネ化に取り組んでいました。中でもスウェーデンでは1976年に住宅の性能に関する基準を改正(SBN76)し、外壁の断熱材の厚さを120ミリから145ミリに引き上げ、そればかりか木製トリプルガラス窓まで標準化したほどです。

日本が暑さ30ミリの断熱材を入れた程度で省エネ住宅とうそぶいているときに、すでに厚さ145ミリもの断熱材を義務化していたのですから驚くしかありません。しかし、その効果は素晴らしいものでした。北欧諸国は北海道と同じ極化に位置しています。氷点下30℃にもなる寒い国々にもかかわらず、家の中ではお年寄りから子供まで皆半袖で暮らしていたのです。

実際に北欧住宅の実力を目の当たりにした松本建工は、大きな衝撃を受けると同時に自らの目標にすることを決意しました。こうして完成したのがFPの家——。国内にあって桁違いの性能を持っていたのは、世界に目を向けていたからに他なりません。

全てはお客様のために


今でこそ、省エネ住宅は珍しいものでなくなりました。しかし当時の日本にあってここまで高性能にこだわったことはFPの家の先見性を証明しています。

ただしFPの家が生まれた理由は、北欧住宅への憧れだけだったわけではありません。

住宅業者としての責任感こそが、一切の妥協を許さない家づくりの原動力でした。

価格に見合った最高の家をお客様にお届けする——。
プロとして当たり前のことを実行し、自信をもって世に送り出したのがFPの家だったのです。


こうした愚直なまでの生真面目さを、最も端的に表しているのが機械換気かもしれません。
FPの家は誕生当初から機械換気を標準装備としていました。


確かにSBN76でも義務化されていたのですが、それはあくまでもスウェーデンのお話し。日本では遵守する義務はありません。少しでもコストを下げようと思えば、省略してしまうことも可能だったわけです。


しかし、FPの家ではそうしませんでした。機械換気を省いてしまうことは、とりもなおさずお客様を不幸にする家になってしまうことがわかっていたからです。
現に住宅の省エネ化が進んだ日本では、1990年代に入るとシックハウスが社会問題として大騒ぎになります。


省エネ住宅からエコロジー住宅へ


すべての省エネ住宅がシックハウスの温床になる——。そう誤解する人もいましたが、これは換気を疎かにする省エネ住宅があまりにも多かったからであり、FPの家にはあてはまりません。

根拠のない批判は、同業他社の中からも聞こえてきました。高性能なFPの家はライバルにとって大きな脅威であり、出る杭は打たれる宿命にあったのです。

むしろFPの家を絶賛したのは、実際にお住まいになったお客様でした。評判が評判を呼び、FPの家は口コミによって全国に広まっていったのです。
FPの家はお客様のことを考えながらを開発された住宅です。そのFPの家を絶賛したのがお客様だったという事実は、FPの家が目指した家づくりが間違っていなかったことを何より雄弁に物語っています。

地球にも優しい家


そして21世紀。シックハウス問題で批判の矢面に立たされた省エネ住宅が、再び脚光を集め始めました。石油危機を契機に国のエネルギー政策として誕生した省エネ住宅は、今日新たな使命を果たすことが期待されているのです。それこそが、地球温暖化の防止に他なりません。

サスティナブル・ディベロップメント(維持可能な発展)を維持していくためには、温暖化防止は人類共通の緊急課題です。その技術の一つとして、省エネ住宅の有効性が再評価されています。これからは、省エネを実現する高性能こそが、環境を守る「エコロジー住宅」の根幹とならなければなりません。

20年前以上も前に登場しながら、FPの家は地球温暖化という大問題に対しても十分に対応できる性能を有しています。住む人に優しいばかりでなく、FPの家は地球や環境にも優しい家なのです。



 

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